あれから僕とハヤが結婚して十年の歳月が流れた。
結婚したその年に娘のハナが生まれ僕は家族を養うためにずっと忙しく働いてきた。
住んでる所は古いアパートの一室でお世辞にも良い暮らしとは言えない。
あれからハヤのことで父と対立した僕は親からの援助など一切、受け取らなかった。
これまで色々と大変なこともあったけど、
それでも愛する妻と娘の為に僕は頑張って来れたのだった。

娘のハナは誰に似たのか無口で無愛想だ。
でも親思いのとてもやさしい娘で
そんなハナも今では小学四年生となる。
特に勉強を教えているわけではないのだが、
テストは満点以外の点数を見たことがなかった。
授業態度もよく学校では優等生として通っているみたいだ。
しかしある日、そのハナが学校で問題を起こしたのだった…

夜、僕は仕事が終わりアパートの部屋を開け「ただいま」と声をかける。
すると玄関に見知らぬ女性の靴があった。
誰かお客さんが来てるのかな?と思っていると
「おかえりなさい、悠人さん」
といつものようにハヤが笑顔で奥の部屋から出迎えてくれた。



ハヤは結婚した頃から髪を伸ばし始め、
s-0087とはまた違う髪形だがとてもよく似合っていた。
そして年を過ぎると共に彼女はどんどん魅力的になっていった。
「お客さんが来てるの?」と僕が聞くと
「はい、実はハナの担任の先生がいらっしゃってて…」
とハヤが少し歯切れの悪い口調で話す。
何でハナの担任の先生が…?
とりあえず僕はその先生のいる奥の部屋へ顔を出す。
すると…
「あ、お父様ですか?お邪魔しております。
 わたし、ハナちゃんのクラスの担任をしております天城と申します」
と丁寧な口調で挨拶をする。
天城先生は僕より3つほど年上の先生らしく
仕事で忙しかった僕はこの先生と会うのは今日が初めてだ。
「今日はどうしたのですか?」
と僕が聞くと天城先生がこう答えた。
「今日、ハナちゃんとクラスのある男の子がケンカをしてしまいまして…」
ケンカぐらい子供にはよくあることだろう…と思ったが
あのおとなしいハナがケンカをするというのは少し珍しいことだと思った。
考えてみると今までそんなことは一度もなかったことだ。
「最近、ハナちゃんが男の子たちによくいじめられていたみたいなんです」
「いじめ?」
そんなことを聞いたのも初めてのことだ。
それにハナは家ではそういう事を一言も話さなかったし、
何よりハナの表情からは何も察知できなかった。
でもそのいじめの原因というのは何となく見当がついた。
「いじめの原因というのはもしかして…」
僕はあえて先生に聞いてみる。

「はい、ハナちゃんの髪の色のことです」

ハナの髪の色…
ハナはハヤと一緒で髪の色が薄い水色をしている。
そのことで他の子に比べ一際目立ってしまう存在となっていて
僕はそのことをずっと心配していた。
でもこんな綺麗なハナの髪を黒く染めたりするなんて考えられなかった。
「ハナちゃんは今までクラスの子に髪のことを言われても全く相手にしなかったそうです。
 でも今日は感情を抑えきれなったみたいなんです」
僕はあのハナが感情的になる姿なんて想像できなかった。
「でもやっぱり男の子の腕力には勝てなかったみたいで
 その時はハナちゃんがその男の子に返り討ちにあっちゃったみたいなんです」
「そうですか…でもそこでケンカは終わったのでは?」
「いえ…ここからが問題だったんです。
 あの頭の良いハナちゃんの復讐が始まったんです。
 もうありとあらゆる罠を作ってはその男の子を罠にはめ
 最後はその男の子がケガをして大泣きしちゃったんです。
 あ、ケガといってもすり傷程度なのでご心配なく…」
「そうですか…」
相手の男の子のケガが大したことないというので少し安心した。
どんな罠を作ったのかと少し好奇心で聞こうと思ったが、
話をしている先生の顔が引きつっていたのでここは聞かないでおこうと思った。
「でも何で今日に限ってハナはそんなに感情的になってしまったのでしょうか?」
ハナが怒るにしてもそこまでやるというのは少し疑問に感じた。
「それがクラスの女の子に聞くと、どうもハナちゃんのお母さんのことを言われたみたいなんです。
 お母さんの髪の色も変だとか気持ち悪いだとか…
 今まで自分のことを言われても何一つ気にしなかったハナちゃんが
 それを聞いた途端、態度が急変したそうなんです」
僕は少しハナの気持ちがわかったような気がした。
「それで最後は二人とも謝らせて仲直りさせようとしたのですが、
 どうしてもハナちゃんは今日のことが許せないみたいなんです。
 結局、今日は謝ることができなくて少しそのことをお話させていただきに来たのです」
「それはわざわざすいませんでした」
僕は先生に頭を下げる。
「少しお父様とお母様の方でハナちゃんとお話をしていただけますか?
 私の力が及ばないばかりに本当に申し訳ありません」
「いえいえ、こちらこそご迷惑をかけてすいません。
 今夜、ハナと話してみます」
その後、軽くハナのことなど談話をし天城先生は部屋を後にした…

僕の後ろでずっと話を聞いていたハヤに声をかける。
「ハナでも怒ることがあるんだね」
僕は少し微笑みハヤに話す。
しかしハヤの様子が少しおかしいのに気付いた。
「どうしたんだい?」
「わたしがこんな髪の色をしているからハナに迷惑をかけてしまって…」
「ハヤ…それは違うよ、ハナはハヤのことを迷惑だなんて思ってない。
 ほら、ケンカなんて子供にはよくあることさ。
 それにハナはハヤのことを言われたから我慢できなかったんだと思うよ」
僕はハヤをなぐさめるようにやさしく話す。
でもハヤはまだ少し気にしているようだ。
ハヤはその男の子にケガをさせてしまったということも責任を感じているのかもしれない。
「大丈夫、どんなことがあっても僕が何とかするから」
「悠人さん…」
その言葉を聞いてハヤに少しだけ顔に明るさが戻った。
「そういえばハナは?」
「それがずっと隣の部屋の押入れに閉じこもっているんです。
 わたしが呼びかけても全く答えてくれなくて…」
「じゃあ僕が呼びかけてみるよ。
 ハヤは夕飯を作っててくれるかい?
 今日はできるだけハナの好きなものがいいかな」
「はい、ありがとうございます。悠人さん…」
ハヤは少し安心したかのようにそう返事をした。
ハヤが台所へ行くのを見届けると僕はハナの閉じこもっている押入れへと向かった…



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