あれから夕食を終えしばらくして就寝の時間となった。
僕たちはいつも同じ部屋で川の字になって寝ている。
ハヤ、ハナ、そして僕という順番だ。
「灯り消すよ」と二人に声をかけ消灯する。
すると部屋が外の月明かりに照らされ幻想的な世界を作り上げる。
僕は横になりふとハナの方を見る。
すると月明かりに照らされたハナは僕の方を向いて何か言いたそうな顔をしていた。



「どうしたんだい?ハナ」
「なんでパパはハナを叱らないの?」
「叱ったことなかったっけ?」
「今まで一度もない…」
「うーん、僕は叱るタイプじゃないのかもなぁ…」
考えてみると確かに今までハナを叱った覚えはなかった。
それはs-0087のことがあるからかもしれない。
僕は彼女を助けてあげられなかった。
そのことを今でも後悔しているしこれからも罪を償わなければいけない。
それにもしハナやハヤに何かあったら…
そういうことから僕は彼女たちを傷つけることを恐れているのかもしれない。
「そのかわりママにはちゃんと叱ってもらってるだろ?」
「ママは怒るとこわい」
「ハ、ハナ!」
ハナの言葉にハヤが慌てて声を出す。
「はは、じゃあママを怒らせないようにしないとね」
「うん」
「うう、悠人さんまで…」
「ごめんごめん」
そんな話で少し部屋の雰囲気が明るくなったところでハナが僕に謝る。
「パパ、今日はごめんなさい…」
「僕に謝らなくてもいいんだよ」
「うん…」
そう返事をするハナはまだすっきりしない顔をしている。
「ハナ、明日の朝、僕と一緒にケガをさせてしまった男の子に謝りに行こうか」
明日は土曜日なので学校も休みだ。
僕からもその男の子のご両親に挨拶をしなくてはならないと思っていた。
「でもパパ、お仕事が…」
「少し遅れるくらいかまわないさ」
最近、僕は土曜日も仕事が入っていて本当は朝の時間帯が一番忙しい。
さぞかし周りから白い目で見られることだろう。
でもハナのためだと思えばそんなこと全く気にならなかった。
「悠人さん、わたしも一緒に行きます」
ハヤがハナの向こうから声をかける。
「ママ…」
「そうだね、三人で一緒に行こうか」
そう言うと月明かりの中、手に感触を感じた。
ハナの手だ。
ハナは僕とハヤの手を握っているようだ。
そして小さな声だがはっきりこう聞こえた。

「パパ、ママ…大好き…」



次の日の朝、会社に午後から出勤するということを電話で連絡し、
朝食を食べしばらくしてから僕達はその男の子の家へと向かった。
その男の子の家の前に立つと僕がインターフォンを押す。
するとすぐに親御さんとそのケガをしたという男の子が出てきた。
ハヤが出向くということを相手の家に連絡していたので待っていてくれたのだろう。
その男の子が意外と元気そうで僕は少し安心した。
そして軽く挨拶をしてからハナの肩をポンとやさしく叩く。
するとハナは僕の前に出てきて
「昨日はごめんなさい…」
と素直にその男の子に謝った。

その後、親御さんは意外にも男の子の方が悪かったということを認めてくれていた。
昨日、担任の天城先生からハナの髪や目の色の事情を聞いていたようだ。
「食肉娘」という存在はあまり知っていないようだったが、
そういう存在に偏見などを持っていない方たちで僕は安心した。
男の子も反省しておりもう髪の色などのことは絶対に言わないということを約束してくれた。

話の方は短時間で終わり僕たちは午前中の余った時間で学校沿いの川原を散歩していた。
僕はここの所、休日出勤が続いていて三人でこんなにゆっくりする時間は久しぶりだった。
ハナはいつもの無表情だが少し嬉しそうに見えた。
「パパ、ママ」
とハナが僕とハヤに声をかけある方向を指さす。
指の先にはたくさんのコスモスの花が咲いていた。
「コスモスが好きなの?」
「…うん」
ハナはそのコスモスの花の方へ走っていく。
そしてその花を綺麗に抜いて僕とハヤに手渡しまた走っていってしまった。
「きっと今日のお礼のつもりなんだと思います」
とハヤは説明をした。
そのコスモスの花からはハナの気持ちが伝わってくるようで嬉しかった。
「悠人さん、わたしお弁当を作ってきたんです。
 少しお昼には早いですがいかがですか?」
「そうだね、じゃあそこで食べようか」
僕たちは川原にシートを引きそこでそのお弁当を食べる。
その何でもないゆったりとした時間は僕にとってとても大事な時間のように感じられた。
そして僕はぼんやりとハナとハヤを眺める。
ハナとハヤの後ろにはたくさんのコスモスの花が風に揺られ、
それはまるで僕たちを守ってくれているかのように思えた。

僕はハナのくれたコスモスの花を軽く握り締める。
またいつか今回のような問題が起こることだろう。
でもまた三人で乗り越えて強く生きていこう。

この凛として咲く「ハナ」のように…







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