「…さん…うとさん」
僕の耳元でかすかに声が聞こえる。
目を開けるとそこには…
「悠人さん」
「わあっ!」



「おはようございます、悠人さん」
「あ、ああ…おはよう…」
そうだった。
彼女、s-0088は僕の家でメイドとして働くことになったのだ。
あれから僕は彼女を雇ってもらえる店を探した。
しかしどこも食肉だったというだけで門前払いされるのだった。

しかたなく僕の家のメイド長にs-0088を雇ってもらえるよう頼み込んだ。
そのメイド長は僕が小さな時からお世話になっているメイドで親しみがあった。
初めはやはり食肉だった存在ということで断られたが
何度も頭を下げてお願いをすると僕の頼みとあってしぶしぶ了承してくれた。
しかし条件が一つあった。
それは僕の親や兄弟に会わせないこと。
特に僕の父は厳格な人間で食肉だった彼女が家のメイドをしているということが知れればすぐさま追い出すことだろう。
メイド長といえども父に雇ってもらっている身なので逆らうことはできない。
僕はその条件を飲んだ。
しかしメイド長はとても信頼できる人なので僕は少し安心していた。
住み込みで働けるということもあってs-0088にとっては好条件だった。

それから僕は大学などで食肉だった娘たちがそれぞれ施設に入ってからのことを調べていた。
調べていくとおかしなことに気がついた。
それは施設で暮らしている半数以上の娘たちが病死となっていることだ。
明らかに不自然だ。
そしてもう一つ気になることがあった。
それはほとんどのsナンバーの娘たちが行方不明となっているのだ。
このことに対して国や警察、そしてマスメディアも一切、動いていなかった。
何かに圧力がかけられているように…

今、僕には日課になっていることがある。
それはあの小さな女の子、s-0300が入院している病院へ行くことだ。
僕はs-0300のいる部屋へ向かいドアをノックすると
「はい」
と返事が返ってきた。
僕はドアを開けるとs-0300、そしてs-0088がベットに腰を下ろしていた。
s-0088はメイドの休憩時間には必ずここへ来ているようだった。
僕も夕方はその時間に合わせてここに来るようにしている。
s-0300と目が会うとすぐさまs-0088の後ろに隠れてしまった。
もう何日もここに来ているがまだ僕や他の人間から恐怖心が消えていないようだった。
「大丈夫だから…」
とs-0088が女の子の頭を撫でながら落ち着かせる。

s-0088の休憩時間が終わる頃までここでゆっくりと話をする。
その間、s-0300は不機嫌そうな顔をして黙っている。
そこで僕は前から考えてたことを話した。
「キミたちの名前を考えたんだ」
「名前ですか?」
「キミたちは人なんだ、番号で呼ぶのは不自然だろ?」
「悠人さん…」
「s-0088はハヤ、s-0300はミオっていうのはどうだろう?」
「ハヤ…」
「変かな?」
「いえ…うれしいです…すごく…」
ハヤは少し笑みを見せた。
「ミオはどうかな?」
ミオは少しキョトンとした顔をしていたがまた不機嫌そうな顔に戻ってしまった。
僕はいつかこの子が心を開いてくれる日が来れば…と思った。

その後、休憩時間が終わり家へと戻ろうとするとミオは決まって泣き出した。
「また明日来るから…」
とハヤがなだめて部屋を後にする。
その時、ミオは僕を睨んでいるように見えた。
もしかしたら僕が連れ帰っていると思っているのかもしれない。
少しそのことに心が痛んだ。

それから毎日、ハヤは施設での色々な話をしてくれた。
施設に入る前はもっと髪が長かったことや施設の職員に無理やり髪を切られたこと…
それをa-0217という少女が髪を綺麗に整えてくれたこと…
a-0217という少女にいつも守ってもらっていたこと…
楽しかったこと…悲しかったこと…

彼女は日が経つことにどんどん表情が明るくなっていった。
時折見せる笑顔がとても魅力的だった。
それは彼女が食肉ではなく人としての自覚を持ててきているからかもしれない。
名前を番号で呼ばれなくなったことも幸いしたのかもしれない。
そのことがとても嬉しかった。

でも僕はこの時、もし今、s-0087が生きていたら彼女もこんな笑顔を見せてくれたのだろうか…
と切なく思ってしまうのだった。




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